今週末は本来、運動場や校舎から生徒の皆さんの声が聞こえてくるはずなのですが、残念ながらインフルエンザの蔓延阻止のためにこのような状況になっています。大変残念ですが、この状況を理解してくれる生徒の皆さんは多いと思います。もうしばらくの間、よろしくお願いします。
さて、今日は写真を撮るにしても外は誰もいないし、職員室では休日だというのに3年生の先生が夜遅くまでお仕事をしているので、3年生特集ということでちょっと語っちゃいましょう。
…でも、うまく伝わるかどうか、ちょっと哲学的になっちゃうかもしれません…。
3年生にとっては卒業式まであと3日。
学校に来るのは、月曜日と、卒業式の火曜日のみとなりました。
教室の中で過ごすのも、実は月曜日が最後。
卒業式のある火曜日は、最初こそ教室には入るものの、それが最後で、式が終わった後は教室には戻りません。
一つ一つが「しめくくり」へと向かう活動となっています。
3年という長い月日も、振り返ればあっという間に過ぎてしまうものですね。
考えてみれば、「思い出」というのは残酷なものです。
なぜなら、言葉通り「思い出すもの」であり、自分自身の足跡や過去を示すもの。
「もの」や「思い」は残っていても、その現場をリアルに再現することはできない、完全にリプレイすることはできないものだからです。例えば安祥フェスタ。美しい思い出として残っていても、あのときの様々な活動を復元することはできません。今その一端は、DVDや写真、思い出話などで振り返ることでしかできないのです。過去はやり直すことはできない…それは、過ぎてしまって気づくものでもあります。
今までの辛く長かった中学校の生活も、終わってみればよい思い出という人も多いかもしれません。
思い出を創るためにがむしゃらに生きてきたわけではありませんが、今振り返って「残っているものは?」といえば、残された記録や心の中の記憶だと思います。
月曜日の教室での何気ないひとときも、二度と経験できない一瞬の活動であり、やがてすぐにあなたにとっての中学校の思い出になることでしょう。あなたは、この一瞬が、二度と帰ってこない「思い出」になるということを、おそらく意識しないまま、月曜日を終えてしまうかもしれません。
「しめくくり」としての活動一つ一つを大切にすることで、自分のこれからの生活がしっかりと歩き出せるかもしれません。そんな気持ちで、月曜日に臨んでくれたら…と、思います。
あたりまえにいた仲間が、学校が、全て「思い出」に変わるまで、あと3日。
そんなことを意識して、仲間とともに教室で過ごす最後の月曜日を迎えてください。
君たちがいなくなると、寂しくなるね…。
卒業おめでとう。